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オタク・トピックス


mail.gif城戸 来也

アニメ親爺

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アニメ親爺宣言!〜ポストオタクのアニメ観賞〜 (3/13/2003)

 まずは始めに私のガンオタとしての立場を表明するとすれば、それは「ファースト原理主義者」であり、「宇宙世紀物以外は認めない」などと中途半端なことをぬかすタワケ者には鉄槌を食らわしてやりたいと日々悶々としていたりするわけなのだが、実は私はガンオタであるまえに富野信者でもあるので「Vガンダム」も大好きだし「ターンエー最高!」だったりもしてたりする。
 んじゃ、Gが嫌いかといえばそういうわけでもなくて、ガンオタで富野信者であるとともに今川ファンでついでに島本和彦フリークなのでGガンで熱く燃えているし、元モデラーのメカフェチであるからして0080等の外伝OVAもチェックを怠ってはいない、さらに言えばロボットヒーローアニメ自体がだいすきなので、ガンダムがヒーローロボットとして一番かっこいいWもOVAまでしっかり観賞済みだ(あいにくXは未見なのでノーコメント)
 さて、ここでガンダムSeedの話しになるのだが、このガンダム、ガンオタで富野信者で今川ファンでメカフェチでロボットヒーロー大好きな私でも語るべき部分は無い、が、にもかかわらず私は何故このアニメを見続けているのか、そのためにはまず私が、ガンオタで富野信者で今川ファンでメカフェチでロボットヒーロー大好きな私が何よりもまず「アニメ親爺」であることを説明しなければならない。
 私は「アニメ親爺」なのでアニメ観賞を日課としている、これがどういう事を意味するかというと、その観賞方法は「野球親爺が野球観戦」するのと同レベルだということである。
 野球親爺は当然のごとく野球観戦をする、例えそれが優勝チームが決まったあとの個人タイトルすら関係ない消化試合で、しかも贔屓チームがボロ負けしてても見る、それどころかスポーツニュースをはしごして見てその負けを確認しつづけた上で「なにやっとんねん」と怒ったりするのである、ここで「そないに怒るんやったら、みーひんかったらええのに」というおかぁちゃんの突っ込みは野暮である、野球親爺は野球親爺であるがゆえに野球をみつづけるのだ「見る>愚痴る」というのは一連のコンボになっているので切り離せない不可逆の原理なのである、これに対しては「今年は阪神優勝や!」と息巻いている阪神ファンに対するのと同じく「生暖かい目」で見守るしかないのである。
 もうお解りだとはおもうが、私はアニメ親爺なのでアニメを見るわけです、それが例え人気タイトルを新しい年代に顔つなぎする為だけの消化番組で、キャラクターグッズが売れるのであれば作品内容はとわれないような番組でも見つづけるわけです、で「なんやねん、この腐ったシナリオ」と怒ったりするわけですが、それに対して「そないに怒るんやったら、みーひんかったらええのに」というのは野暮で、「庵野監督は天才や!」というエヴァオタにするのと同じく「生暖かい目」で見守るのが正解なのです。
 というわけで、私はガンダムSeedを見続けている、そして野球親爺がスポーツニュースをはしごするように2chのスレッドやいろんなHPを読んだりしながら、化学調味料のせいで味覚が鈍った現代人を憂う山岡史郎さんのように、「こんなん見て育ったオタクが初代ガンダムを後から見てつまらんとか言い出したらたまらんなぁ」とか愚痴グチいうのである、いやもう愚痴るために見ているといっても過言ではないのがアニメ親爺の親爺たるゆえんなのだ。
 よくアニメやゲームが正しく文化的になるためにきちんとした評論が必要であるってな事が言われたりするのだが、アニメ親爺には無用である、内容に関係なくアニメであれば視聴するそれがアニメ親爺だからだ、いくら子供が「Jリーグの試合を見せて」とせがんでもチャンネル権は譲らずスパイラルやアソボットを無理矢理見るのがアニメ親爺の威厳である、会社で釣りやゴルフの話ばかりで煙たがられるように、ちょびっつやシスプリの話をして煙たがられるのがアニメ親爺のセクハラなのである。
 残念ながら、まだアニメ親爺の年齢層は中途半端なので肩身は狭い、しかしじきにアニメ親爺の時代はやってくるに違いない、年上を敬うという正しき日本文化の尻馬に乗り若者に趣味のアニメを押しつける上司や舅が猛威をふるうそんな時代が近いのだ、もうオタクな理論武装の必要のない、みっともないアニメ親爺の時代が始まろうとしていることをここインターネットの片隅でにこっそりと宣言したいと思う。


「アニメ新世紀宣言」への回答〜もう種ぽ〜 (3/17/2003)

 色々あって、シャア板IN難民@2ch掲示板にたどり着いた時は頭を抱えたね、だってね難民板ですよ難民板、もともとシャア専板自身が【ネタ雑談】にカテゴライズされてる隔離板なのにさらに、2ちゃんねるの中の「人として最低教」信者が吹き溜まる、難民板に流れてるわけですよ話題が、ホントになんでスレを追うのを止めても止めても、難民板に舞い戻ってしまうのでしょうか私は、なんか人としての業を感じてしまいます。
 んで、「人としての業」なんて言い方は勿論富野御大に教わったのだが、「アニメ親爺宣言」というのも勿論「アニメ新世紀宣言」に引っかけての話である。
 この「アニメ新世紀宣言」という物がどういう物であったかと考えると、それは「いい年になってアニメなんか見て」という言説に対して「いい年になっても見る価値のあるアニメは存在するのだ」という宣言であったように思うのだが。その見る価値のあるアニメこそが「機動戦士ガンダム」であった訳で、良しにつけ悪しきにつけこの事は未だに引きずられている気がする。ガンダムSeedのアンチ発言にある「とっとと打ち切れ」というのは、ガンダムの価値を落とすなということであり、それは「いい年になっても見る価値のあるアニメ」から「いい年になってら見る価値のないアニメ」への価値の転落への異議に他ならないからだ。
 だが、もうそれはおいといてもいいかなぁというのが私の今の気分である、べつにアニメがいい年になってら見る価値のない物であっても良いじゃないか、どうせ、いい年こいてもやることはどれもコレも下らないことばかりなのだ、だったら、私がいい大人が見る価値のないアニメをだらだらと見続けたって構わないじゃないだろうか、下らないアニメを「くだらんなぁ」といいながら見ててもいい世の中になっちゃったんじゃ無いのだろうか?、そう感じたので、とりあえず、「打ち切れ!」とヒステリックな反応を示す人たちに、そして「だったら見なければ良いでしょ!!」と正論でしか返せない人たちに、アニメ親爺は下らない物を下らない物として喜んで観賞し「下らん!!」と嬉しげに言わせて貰います、と宣言しちゃいましょうってのが、「アニメ新世紀宣言」への20年越しの回答になるのでした。


明日のナージャOPのススメ (3/21/2003)

 週に17時間ばかしアニメ番組を録画していると、再生はしても見ていない番組や再生すらしない番組がいくつも出てくる、それでも私が録画を止めないのは、例えば漫画雑誌を続けて購入していると、毎回楽しみにして真っ先に読む漫画、続きで読み続ける漫画、時間があれば読む漫画、読まない漫画と自然と分かれていて、それが入れ替わったり、新連載が追加されたり、ハマったり飽きたりと繰り返していくのだが、これがTVアニメの場合、意識して放映をチェックしないと見ない番組はいっさい見ないということが往々にして起こるからだ。新番組をチェックするようにすれば全く見ないということは無くなるが、それだと途中から俄然面白くなった番組は押さえられなくなるし、突出した1話があった場合なんかは絶望的だ、アニメは漫画と違い共同作業で行う部分が多く、また話によってそのメンバーが変わるためシナリオや演出、作画といったものが単体で必見レベルになることもあるし、ロストユニバースの4話やポケモン38話のように事故や事件で見たくても二度と見られない事もあるので油断は出来ない。
 そう言うわけで私は視聴可能な番組は極力録画チェックするようにしているのだが、いかんせん第何次だかの新作ラッシュのおかげで番組数が多すぎて、録画はすれど再生をしていないものがどんどん増えてきている。仕事を終えてさぁ見るぞとなった時にはビデオのカウンタがすでに3時間オーバーとなっていることもざらで、そんな場合、頭出しして再生をかけた時に、どうでもよさげなオープニングが流れたりしたら思わず巻き進めボタンを押してしまう。コレがお気に入りのオープニングの場合めでたく再生開始となりそのままBGMよろしく本編が流れることになるので、オープニングの出来は重要なポイントの一つになっている。
 ちなみに最近の私のお気に入りは「スパイラル」のオープニングで、CGをうまく生かし、斬新とはいかないまでもセンスの良さで飽きない画面作りがされているのが魅力で、最近流行のFlashムービーで流用されるんじゃなかろうかと思えるCGエフェクトは、CGならではの省エネ設計ながら、特徴的な声でテンポ良く流れる歌と実にマッチしていて実に気持ちがよい、もっとも肝心の本編の方は絵的に見るべき所は少なく、「最遊記」のようにCGを使って省けるところは省いて止め絵のクオリティーを死守するといった工夫があるわけではないのは実に残念。CGというのは実に便利なツールで使い方を工夫することで手間をかけずに大きな効果を出すことが出来るのだが、このCGを効果的に画面作りに取り込む事にかけて今一番じゃないかと私が思っているのが「スパイラル」のオープニングをてがけた細田守監督で、その細田監督がこれまたオープニングを担当したのが新番組「明日のナージャ」である。
 「明日のナージャ」は小さな女の子にも大きなオトモダチにも大人気で長期に渡って放映された「おジャ魔女どれみ」シリーズの後番組な上にタイトルロゴデザインがなんだかアレだったので期待と不安が入り交じった状態での第一回の放送だったのだが、とにかくオープニングが素晴らしい出来映えで、私的には富野御大が演出した「ママは小学4年生」のオープニング以来の大ヒット状態、周りにあきれられるほど何度も繰り返し再生し、あげくの果て「そう言えばどんな話だったっけ?」と本末転倒になる始末。
 で、このオープニング、何度か見直してまず気づくのは、主人公であるナージャが始めから最後まで出ずっぱりであること、実はコレありそうでなかなか無い珍しいパターン。次にそのナージャが画面の中でゆっくりと動きだしやがてリズミカルに跳ねさらに駆けだして行くのを追いかけていくとあっという間にオープニングが終わってしまう、つまり始めから終わりまでほナージャの動きという一本の線で結ばれており、しかもその線がメロディに合わせ動きでリズムを刻んで行くようになっている、これが実に心地よく。思わずもう一度、とテープの巻き戻しをさせられてしまうのである。
 もちろんCGエフェクトも多様で、びっくりしたのはオープニング中程でジャンプしたナージャの背景に薔薇を持った男達が流れるシーン。ナージャの色合いが徐々に黄色に変化して行き、色が変わりきったところで最後に夕日背景がカットインしてくるのだ、画面全体ではなくキャラクターの色合いだけが変化するのがCGゆえなのだが、こういうテクニックを使いつつ「夕日」から「夜の舞踏会」という時間の流れも表現されているという奥深さ、この密度の濃さはハンパじゃないので未見の人も見た人も、一度じっくり鑑賞してみて欲しいです(もちろん同じく細田演出のエンディングも忘れずに)。



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